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東京地方裁判所 昭和34年(レ)131号 判決

控訴人 辻井安之

外三名

右四名訴訟代理人弁護士 神垣秀六

被控訴人 荒井徳則

右訴訟代理人弁護士 山本栄則

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、増築部分の所有権の帰属

(一)  本件建物が被控訴人の所有に属すること、控訴人辻井が被控訴人からその主張の店舗を賃借し、その後方に建坪三坪の居宅を増築した上、増築部分に所有権取得登記をなしたことは当事者間に争いがない。

(二)  まず右増築部分が本件建物の従として附合し、被控訴人においてその所有権を取得したか否かについて判断する。

昭和三二年六月二五日当時の係争現場写真であることにつき控訴人山田、同北沢両名との間では争いなく、当審における控訴本人北沢喜一、被控訴本人荒井徳則の尋問の結果から控訴人辻井との間でも同様の写真であることを認めうる甲第一〇号証の一ないし五、昭和二六年四月頃の係争現場写真であることにつき当事者間に争いのない甲第一五号証の一ないし三及び当審における控訴本人北沢喜一、被控訴本人荒井徳則の各尋問の結果並びに原審検証の結果と本件口頭弁論の全趣旨をあわせると、本件建物は当初内部を三坪づつ五個の店舗に区分した五戸建の建物であつたが、後道路拡張工事にともない向つて左側の二戸を取毀し三戸建となつたもので、本件店舗はその向つて右側から二戸目(すなわち中央)の一戸であるところ、増築部分は控訴人辻井の賃借にかかる右店舗の裏側にこれに密着して建築せられた建坪四坪程(但しうち約〇五坪は控訴人がさらに増築したものである。)の木造の小屋であつて、密着部分において両者は棟、天井、柱を共通にしており、既設の店舗と増築部分とを区分する何等の障壁はなく、その境界も不明瞭で、店舗を通ることなく増築部分から直接表側に出ることはできず、その構造や部屋の配置状況からいつて増築部分のみ独立して使用に供しうるとは認め難いこと、もと店舗裏側に存した壁板も単に通行の便宜のため取りはずしたものでなく、店舗には台所その他居住用の施設がないため増築部分がその用にあてられることによつて一体として建物全体の効用を増しており、店舗と増築部分を分離復旧することはその価格に比し社会経済上著しく不利益であり、増築部分のみ独立して取引上の客体となることは到底不可能であることが認められ、右認定に反する原審における控訴本人辻井安之の尋問の結果は措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

そうだとすれば、増築部分は本件店舗を含む本件建物をはなれて経済上独立の効用を有しないこと明らかで、増築と同時に、本件建物をも含めた一個の家屋の構成部分となつたものであること明らかであるから右増築部分につき独立の所有権の成立する余地はなく、結局本件建物に附合して被控訴人の所有に帰したものと認めるのが相当である。(同様の理由から控訴人山田の増築部分も独立の存在はなく本件建物に附加して一体をなしたものと認められる。)右増築部分につき独立の建物として登記がなされていても、それにより、増築部分が独立の所有権の対象とはなりえないという事実は少しも損なわれないのである。

(三)  控訴人辻井は、増築部分を権原に基き附属せしめたものであるから所有権を保留すると抗弁する。しかしながら民法第二四二条但書は、原則として独立の物の上について独立の所有権が成立するとの原則から、附合した動産がなおその不動産とは別個の存在を有する場合にのみ適用さるべき規定と解すべきところ、本件においては前示認定の如く、増築部分は独立の存在を失い本件建物の一部となつたものであるから仮りに控訴人辻井に権原ありとしても増築部分の所有権を留保することは不能であり、控訴人辻井の右主張はこの点において既に理由がない控訴人辻井は、更に、被控訴人との間で増築部分はその敷地を転借の上被控訴人の承諾を得て建築したものであるから被控訴人の所有となることはないと主張するが、増築部分が独立の所有権の客体となりえないこと既に述べたとおりであるから右、事実の有無を判断するまでもなく右主張はその前提を欠き理由がない。なお控訴人辻井としては右増築部分が被控訴人の所有に帰することによつて受ける損失については本来別に償金を求め得べきこと民法第二四八条の定めるところであるが、本件において同控訴人はこれを主張するものではないから、右請求権の放棄の有無効力等の問題には立ち入らない。

(四)  次に控訴人山田は、被控訴人の所有権取得は、対抗要件である登記を経ていないから控訴人山田に対抗できないと主張するが、右増築部分は独立して権利の客体となり得ないものと認めるべきこと前記のとおりであり、附合によつて被控訴人の所有権に帰し、その内容を拡充したものと考えられるからこれをもつての取引上の対象としてその登記の有無を問題にするのは誤りであるのみでなく、そもそも増築部分につき所有権を有しない控訴人辻井からその贈与を受けても実体上なんらの効力もないから、控訴人山田は、増築部分について所有権を取得し得ずこの点では民法第一七七条の法律上正当な第三者に該当せず、右抗弁も亦理由がない。

(五)  而して増築部分について被控訴人主張の各登記がなされていることは当事者間に争いがないところ、増築部分が独立して所有権の目的とならないことは前記のとおりでこれにつき控訴人辻井は所有権を取得するに由なく、同控訴人にその所有権あることを前提としてなされた右各登記はいずれも実体的な権利変動と一致しない無効の登記であり、控訴人辻井、同山田、同北沢弘子は所有者たる被控訴人に対し右登記の抹消登記手続をなす義務があるといわねばならない。

二、無断転貸の成否

(一)  控訴人辻井が昭和二五年三月七日被控訴人の承諾を得て店舗の賃借権を控訴人山田に譲渡したことは当事者間に争いがないところ、増築部分は店舗と附合したものであるから、結局賃貸借は店舗及び増築部分に及び右譲渡により被控訴人と控訴人山田との間に存続していたものというべきである。

被控訴人は控訴人山田は右店舗及び増築部分を控訴人北沢両名に無断転貸したから解除したと主張するので判断する。前顕甲第一〇号証の一、二成立に争いのない甲第一三、一四号乙第一号証及び原審証人遠藤進の証言によつてその成立が真正であると認められる乙第二号証並びに原審証人石井政雄の証言、当審における控訴本人北沢喜一、原審及び当審における被控訴本人荒井徳則の各尋問の結果を合わせ考えると、控訴人北沢喜一は、昭和三二年四月控訴人山田に対する貸金債権五〇万円の担保として、妻である控訴人北沢弘子名義で増築部分に抵当権を設定し、更に右増築部分を控訴人山田から賃料月九〇〇円期限の定めなく賃借し、同控訴人は東京都杉並区東田町一丁目四番地横山荘に転居したこと、控訴人北沢喜一と同山田の内縁の夫訴外遠藤進は、店舗のうち板の間(三畳)を利用して宅地建物取引業を営むことを計画し、商号を「宝建設不動産部」と定めて同年四月中旬営業を始め、同月二六日控訴人山当の名で東京都知事宛登録申請を行なつたこと右営業において収益は控訴人山田と同北沢喜一とで折半する約定であつたが、控訴人北沢喜一は以前宅地建物取引業の経験があるため、実際上はその主体となつて働き、訴外遠藤は時々控訴人北沢喜一宅に通勤していたにすぎぬこと、店舗と増築部分の境界が不明瞭のため、控訴人北沢両名は同山田の解了の下に、店舗と増築部分のうち板の間(三畳)以外の全部を起臥寝食の場として使用し、水道料金は控訴人北沢両名が全額、電気料金は控訴人北沢両名と同山田が各半額づつ負担していたこと、控訴人山田は同北沢両名の入居に関し被控訴人の承諾を得ていないこと等を認めることが出来る。右認定に反する原審証人遠藤進の証言は措信し難く、他にこれを覆すに足る証拠はない。

これらの事実を総合してみると控訴人北沢喜一は板の間(三畳)の部分も控訴人山田の使用人その他同控訴人の占有補助の機関として占有し使用しているものでないことは明らかで結局控訴人山田は店舗及び増築部分の全体を控訴人北沢両名に転貸したものと断ぜざるを得ない。そして本件において、他に控訴人山田の右行為を被控訴人に対する背信行為と認め得ないような特段の事情は認められないから、無断転貸を理由とする賃貸借契約の解除は理由がある。そして成立に争いのない甲第六号の一、二によれば同年五月一日被控訴人は控訴人山田に対し賃貸借契約解除の通知をなし、右通知は翌二日同控訴人に到達したことが認められるから右賃貸借契約は同日限り終了したというべきである。

そうすると、控訴人山田、同北沢両名は同日以降店舗及び増築部分を占有することにより被控訴人に対し賃料相当の損害を蒙らせているものであつて、店舗及び増築部分の相当賃料額が一ヶ月九〇〇円であることは控訴人等の争わないところである。

三、結論

以上認定のとおりであるから、被控訴人は増築部分につき所有権を有するものというべきところ、控訴人山田が右部分を自己の所有であると主張していることは当事者間に争いがないから、被控訴人が右部分につき所有権を有する旨の確認を求める本訴請求及び増築部分に対する控訴人辻井の所有権保存登記、同山田の所有権取得登記同北沢弘子の抵当権設定登記の各抹消登記手続を求める本訴請求はいずれも理由があり、控訴人山田、同北沢両名に対し店舗及び増築部分の明渡と、本訴状送達の翌日である昭和三二年六月三日から右明渡ずみまで、一ヶ月九〇〇円の割合による賃料相当の損害金の支払を求める本訴請求もまた理由がある。

よつてこれを認容した原判決は相当であるから本件控訴はこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条、第九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅沼武 時岡泰 裁判官 小谷卓男は差支につき署名押印することができない 裁判長裁判官 浅沼武)

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